高校サッカー(静岡学園)の単独優勝って何?昔は両校優勝が存在した!?

高校サッカー 単独優勝

静岡学園の優勝で幕を閉じた第98回全国高校サッカー選手権大会。

静岡学園の劇的勝利に非常に盛り上がった高校サッカーですが、ひとつ気になることが・・・

それが、静岡学園の『単独優勝』という表記。

優勝校は一つなのに….なんでわざわざ『単独優勝』なんてややこしい言い方をしてるんだろう…
なんて多くの人は疑問に思うことでしょう。

今回は、そんななぜ?『単独優勝』という表記をするのか?その疑問について詳しくご紹介したいと思います。

静岡学園で表記される『単独優勝』の謎?

高校サッカー 単独優勝

前回優勝校の青森山田高校に3対2で逆転勝ちし、24年ぶり2回目の優勝を果たした静岡学園。

この静岡学園の優勝を機に、ニュースなどのメディアで頻繁に目にする『単独優勝』という文字。

普通の優勝と違うようなこの表現に疑問を覚えている人は多いようです。

優勝校は一つなのに、わざわざ単独優勝と表記する理由は一体何なのでしょうか?

高校サッカーで『単独優勝』と呼ぶ理由はかつて存在した両校優勝が理由

 

勝ち負けを決めない『両校優勝』

まず、結論からお伝えしましょう。

この高校サッカーの静岡学園で単独優勝と表記する理由はかつて、高校サッカーには今でこそ当たり前に行われる延長・PK戦がなく、引き分けの場合はそのまま『両校優勝』と言って2校優勝校が存在したのです。

そして、静岡学園が『単独優勝』と表現される理由に1回目の優勝時の24年前は鹿児島実業と決勝と戦って、2‐2で終わって、この『両校優勝』だった。ということなのですね。

高校サッカーの過去の両校優勝の事例

過去、高校サッカーの長い歴史を見てみると、この両校優勝は実際に7度ありました。

1953年東千田(広島)1ー1岸和田(大阪)
1965年習志野(千葉)0ー0 明星(大阪)
1966年藤枝東(静岡)0ー0秋田商(秋田)
1967年洛北(京都)0ー0山陽(広島)
1984年帝京(東京)1ー1  島原商(長崎)
1991年四日市中央工(三重)  2ー2 帝京(東京)
1995年静岡学園(静岡) 2ー2 鹿児島実 (鹿児島)

1965年〜1967年まで3年連続ってすごいですね(笑)

この両校優勝は第78回大会(1999年度)まで行われており、2000年から廃止されたので、単独優勝が当たり前になったのは実は長い高校サッカーの歴史ではつい最近のことなのですね。

そもそもなぜ?高校サッカーは単独優勝ではなく両校優勝だったの?

高校サッカー 両校優勝

では、ここで気になるのが、なぜ?わざわざ単独優勝ではなく両校優勝というモヤモヤの残る決め方をするのか?

その理由に迫っていきたいと思います。

教育的配慮が大きい?

そもそもの大前提として、高校サッカーを始め、高校スポーツはスポーツを通した『人間教育の場』

結論からお伝えすると、教育的配慮という事でしょうね。

決勝では勝者と敗者がより濃く写されますから、
両者優勝が一番美しく見えると考えていたのでしょう。

こういう考えは一昔前なら普通の考えのようで、全国中学サッカー大会も、全日本少年サッカー大会も
決勝ではPK決着をせずに両チーム優勝って裁定になってました。

PKは単に優勝校を決める手段の1つ。

勝敗に拘るようになってきたのはホントにここ数十年であり、高校サッカーぐらいでは、そこまでして、順位にこだわらなくてもいいのではという考えだったのでしょう。

今でも両校優勝が存在する高校ラグビー

高校サッカー 単独優勝 なぜ

そして、今でも両校優勝にこだわり、この伝統が残っているスポーツがあります。それが、『ラグビー』

高校ラグビーでは2020年の今現在でも勝ち負けが決まらない場合は両校優勝となります。

その背景には、ラグビーに深く根付くのノーサイド(=試合終了)の精神(試合終了後は敵も味方も区別しない)が関係していること。

そして、それに加えて日本のラグビー教会が掲げている「ラグビーアマチュア宣言」と言う宣言を出してるのが理由です。

「ラグビーアマチュア宣言」とは、日本はラグビーを「お金、勝ち負け」のためにやるのではなく「ラグビーを楽しむためにやる」という内容の宣言のこと。

こう言った日本ラグビー界に深く根付く『勝ち負け』以外のことに重点を置く精神はアマチュアであるラグビー界にも深く根付いており、今もなおその伝統は脈々と受け継がれています。

両校優勝はスポーツとは何かを改めて再認識させてくれるもの

高校サッカー 両校優勝

現代スポーツにおいて、最も重要視されていることは『勝ち負け』であり、見る側もやる側も異論はないでしょう。

しかし、本来のスポーツの本質は、『レクリエーション』『コミュニケーション』、そしてその先にある『人間的な成長』であり、それらは勝ち負け以外に大事なことでしょう。

勝ち負けというのは、あくまでもそれらに付随する結果であり、両校優勝で違和感を覚えてしまうということは、ある意味スポーツの本来の目的を見失ってしまっている証拠かもしれませんね。

そして、両校優勝というものはそんなことを改めて再認識させてくれるもの。そう感じます。

 

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