インディアンズ(芸人)のwiki風プロフ!解散乗り越え再結成後に大ブレイク

インディアンズ 芸人 wiki

2019年のM-1グランプリ決勝進出を果たすなど、その知名度は全国区になりつつある人気急上昇中の大ブレイク必至のお笑いコンビ「インディアンズ」

多くの人は一体どんなコンビなの?と知らない人が多いかと思いますのでこの機会にインディアンズについて詳しくまとめてみました!

人気急上昇中のお笑いコンビ・インディアンズ

インディアンズ 芸人 wiki

インディアンズはボケの田渕 章裕(たぶちあきひろ)さんとキムこと木村 亮介(きむら りょうすけ)さんの2人組で構成されているコンビ。

2人とも、見るからにいい人そうなオーラを身にまとっていますが、一体どのようなプロフィールなのでしょうか?
詳しくご紹介していきましょう!

プロフィール

インディアンズ 芸人 田淵

名前:田渕 章裕(たぶちあきひろ)
生年月日:1985年6月2日
立ち位置:ボケ担当
出身:兵庫県たつの市
学歴:兵庫県立龍野高等学校〜関西大学経済学部卒業
所属:吉本興業
NSC入学:2008年(31期生)

田渕章裕さんが芸人を目指した理由は中学生のころ。

「ダウンタウンさんのスタイリッシュな芸風に憧れて」だそうですが…まさに正反対のその芸風(笑)
そして、吉本のNSCに通い始めたのが2008年4月。

芸歴は2019年現在で11年目ということになりますね!

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インディアンズ 芸人 キム

名前:木村 亮介(きむら りょうすけ)
ニックネーム:キム

生年月日:1987年12月24日
立ち位置:ツッコミ担当
出身:大阪府箕面市出身
学歴:大阪産業大学中退
所属:吉本興業
NSC入学:2008年(31期生)

キングコングさんがずっと好きだった影響でお笑いに興味を持ち始めた木村(キム)さん。

高校卒業後、1人でNSCに入るのが怖いので、大阪産業大学に入学したそうのですが、そこで和泉修さん(元お笑いコンビ、清水圭・和泉修、現ケツカッチン)が客員講師を務めるお笑いの授業を受けたそう

そして、1年間受講し、お笑いに対して学んだ末、大学を中退して2008年にNSCに入りました。
田淵さんとは31期生で同期になります。

吉本で「一番元気な若手お笑いコンビ」のニックネームで活躍

インディアンズ 芸人

大きな声と明るい笑顔、元気で勢いがある漫才が売り物のインディアンス。

元々ボケ同士だったというという2人.
当初は木村さんがボケて、田渕がふざけるというスタイルだったそう。

そんな影響もあり、芸風は非常に明るく、吉本で「一番元気な若手お笑いコンビ」というニックネームで活動しています。

まさに見ているだけで笑顔になれるお笑い芸人の鏡と言えるようなコンビですね!

コンビ名「インディアンズ」の由来はあのメジャーリーグ球団のマスコット?

インディアンズ 芸人 由来

インディアンズと聞いて、野球好きな人はあのメジャー球団の「インディアンズ」を思い浮かべることでしょう。

しかし、このインディアンズというコンビ名も偶然ではなく、このメジャー球団のインディアンズから取っているようです。

インディアンズ 芸人 由来

というのも、田淵さんの顔がインディアンズのマスコットキャラクターに似ているということで、この名前にしたそう。

確かに言われてみれば似てますね….(笑)

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インディアンズ(芸人)の結成秘話

インディアンズ 芸人

結成は2009年

インディアンズが結成されたのは2人がNSCを卒業してすぐの2009年。

元々NSCの別のクラスだったのでお互いのことはよくは知らなかったそう。
しかし、相方を探しているとき、田渕さんもいないと知ったので『コンビを組もう』と声をかけました。

実は、そのとき田淵さんの元には木村さんを含む4人のオファーがあったそうで、モテモテ状態だったそう。
確かにここまで爆発力のあるボケができる相方だと、相方にしたいと思う人はめっちゃ多そうですよね。

そんな中でも木村さんを選んだ理由は「一番まともそうだったから」という消去法だったみたいです(笑)

しかし、今となっては田淵さんいわく、木村さんのことを結果として「一番変なヤツ」だったそうw

 「正直4人とも知らへん子やったんですよ。ただ、キム(木村)以外の3人は、『メッチャ変なヤツやな』と思った記憶があったんで。なら、一番知らんキムが一番マトモやないかな、と思って選んだんですよ」

新コンビ結成を田渕はこうふり返る。ただ、「組んでみたら、キムが一番変なヤツやったんですけどね」

産経ニュースより引用

1年ほどで一度解散

インディアンズ wiki

しかし、結成から1年ほどの翌年の2010年8月。
インディアンズは一度解散しています。

その理由が「キムが変なやつだったから」というのが理由だそう(笑)
詳しい理由はそれしか本人の口からは語られていませんが気になりますよね…w

いずれバラエティなんかでも語ることもあるかもしれませんね!


ただ、木村さんはプライベートでもコロチキのナダルさんとも非常に仲が良いようで・・・

なんとなく、そんな交友関係からも木村さんが「変なやつ」というのは想像できますね….笑(ナダルさんにも失礼w)

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その後、相方探しをする木村さんですが・・

「他にも探してたけど、常にタブっちゃんみたいな人を探していて。結局見つからなかった」のちにそう語っており、3~4カ月の間、連日に渡って「もう一度俺と組もう」と熱烈な“ラブコール”を送り続けたという。

そんな木村さんの熱心な再結成の誘いもあり、田淵さんも「こんだけ熱烈に戻ろうと言うてくれるなら」と胸を打たれその年の12月に再結成したそう。

田淵章裕はミキ・昴生とコンビを組んでいた?

インディアンズ 田淵 昴生 やぶれかぶれ

また、余談ですが、一度インディアンズを解散した際、田淵さんは現在大ブレイク中のミキ・昴生さんと「やぶれかぶれ」というコンビを組んでいたそう。

しかし、こちらも解散してしまうわけですが、その理由というのが「お互いに言葉数が多すぎてお笑いが成立しなかった」という理由。

インディアンズ 田淵 昴生

要するにプラスとプラスで同じタイプすぎて逆にバランスが悪いコンビになってしまったということですね…(笑)

確かに「個の力」で見ると、実力者同士ですが、コンビで漫才をするとなるとまた別物なのでしょうね。漫才って奥が深い・・・

田渕は「昴生さんとのコンビは面白くて、ウケる自信もあったけど、お互いに言葉数が多すぎて、お客さんに『何言ってるか分からへん』と。当時はバカすぎて、その解決策を探せなかったんですよ。それで、こんだけ熱烈に戻ろうと言うてくれるなら」と、元の鞘に収まった。

産経ニュースより引用

こちらは「ネタパレ」で共演した際に久しぶりに当時の漫才を披露した時の動画。

2人が濃すぎてネタがぜんぜん入ってこない・・・www

でも実際に陣内さんのツッコミありだったらめっちゃ面白いですし、もう一人ツッコミがいれば成立するんでしょうが、2人だけだとボケとチョケになってしまい見てる側からすると胃もたれしそうな漫才ですね(笑)

また、こんなに人気者同士が以前はコンビだったなんて意外とお笑い芸人の世界って狭いな〜。

なんて思ってしまいますが、よく考えて見ると、NSCの中でもヒエラルキーがあり、実力の高いものは実力が低いものとはつかずに実力のある物同士がくっついたり離れたりしているだけなのでしょう。

なのでいずれ別々の形で活躍していることは必然なのかもしれませんね。

転機はネタのスタイルを変えたこと

インディアンズ 芸人

再結成後、木村さんと田淵さんで以前のように活動していたわけですが、当時は全く受けなかったそう。

賞レースも一回戦敗退が当たり前で苦難の日々が続きました。

しかし、ある時、相方と楽屋とかでもずっとしゃべってる感じや、普段ふざけてるような感じを出していこう」と決めてスタイルを変えてお笑いに取り組んだそう。

そうすることで、お客さんの反応もガラッと変わったそうです。

「ネタ中もテンションは高くやっていたんですが、真面目にネタをやっているというふうに見えた。普段の感じを出すことで、そこをいい意味で崩せていけた」という確信があった。「客の反応も明らかに変わったんですよ」と木村も続ける。

産経ニュースより引用

東京進出を機に一気にブレイクする

インディアンズ 芸人

2016年に東京進出

2人がさらなる活躍を求めて、大阪から上京したのは2016年4月1日。

以前から行きたかったそうで、その動機は田淵さん曰く、全国区になるにはやはり東京というイメージがあったというシンプルな理由。

木村さんも「まだ若手と言われているうちに行きたかった」そう語っており、勢いのあるうちに行きたかったそうで、結果として、上京3年でM-1決勝進出を果たすなど、見事に波に乗った形になりましたね。

田渕「以前は東京へ行きたいと考えていなかった。でもテレビ、新聞、雑誌などのメディアが全国へ直結するのが東京だったから」

木村「まだ若手と言われているうちに、東京に行こうと思っていました。しかも今の東京には元気さが売りの漫才師はいなかったので」

サンスポインタビューより引用

最初は仕事もなかったが徐々に露出が増えていく・・・

インディアンズ 芸人

とはいえ、やっと念願が叶った東京進出だったそうですが実は「スケジュールは何も決まっていなかった」とのちに語るほどかなり見切り発車だったそう。

それまで大阪ではライブなど、ある程度の仕事をこなすようになっていた2人にとって、決まっていたのは、東京・渋谷の「ヨシモト∞(無限大)ホール」への出演だけ。

最初のうちは休みも多かったそうで、大阪の若手時代の悪夢を思い出す日々だったそう。

それも「いつから、どのランクで、どれぐらいの頻度でやるのかも全く分かっていなかった」状態だった。「大阪で最初の頃のオーディションを受けたようなむっちゃしんどい日々をまた繰り返すのかと、それが怖くて」と田渕。木村も「最初も5日や6日連続で休み、っていうのがあって。そんな休みが続くことなんて何年もなかったから、『来てヤバかったんかな』と思いましたね」と振り返る。今も2人は休みがイヤなのだという。

サンスポインタビューより引用

インディアンズ(芸人)の伝説はまだ始まったばかり

インディアンズ 芸人

M-1進出を果たすなど、波に乗っているインディアンズ。
この2019年という年はインディアンズの2人にとって非常にターニングポイントとなる年ではないでしょうか。

しかし、これは飛躍の序章に過ぎず、漫才だけに止まらずバラエティ番組なんかでももっともと見る機会も多くなるでしょう。

人気先行ではなく、そのピカイチとも言える実力そして、周りを笑顔にするその人柄。
今後厳しい芸能界で生き残っていくことができる要素がたっぷりのコンビ。

今後の活躍も非常に楽しみですね!

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