平尾誠二の死因の病気は胆管癌..お酒の飲み過ぎが原因だった?

平尾誠二 死因
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Mr.ラグビーと称され、日本ラグビー界を牽引してきた平尾誠二。

そんな平尾誠二さんが53歳という若さでこの世を去ってはや3年。
あまりに突然の死に多くのラグビーファンは悲しみと同時に驚きを隠せずにはいられなかったでしょう。

では、一体この若さで平尾誠二さんを死に至らせた病気とは一体何だったのでしょうか?
今回は、そんな平尾誠二さんの死因について詳しくお伝えしていきたいと思います。

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2016年に若くして死去した平尾誠二

平尾誠二 死因

2016年10月20日、日本中に衝撃が走りました。

華麗なステップでラグビーの神戸製鋼で7年連続日本一に貢献し、「ミスター・ラグビー」と称された平尾誠二が53歳の若さで死去したという報道。

2019年に日本で行われるラグビーワールドカップに向けて大会理事として奔走していた最中の出来事。

あまりに早すぎる大スターの死に日本中は悲しみに包まれました。

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平尾誠二の死因は『胆管がん』

平尾誠二 死因

『胆管がん』とは?発症すると治療は難しく、死亡率が桁違いに高い

平尾誠二 死因

『胆管がん』とは?肝臓で作られた胆汁を十二指腸へ流す導管である胆管に発生するがんの総称です。

がん研有明病院の肝胆膵外科部長、齋浦明夫氏が語ります。

「胆管がんの患者は欧米に少なく、アジアに多い傾向があります。日本では、胆嚢・胆管がんで年間2万人弱の患者さんが亡くなっています。死亡者数でいうと、肺、大腸、胃、膵臓、肝臓に次いで6番目に多いのです」

実は、胆管がんは一般に認識されている以上に多くの命を奪っている病気でもあります。

                                                                  ガンナビより引用

がん研有明病院のデータによると(2007年のがん登録症例に基づく)、胆管がんにおける5年生存率は30%を切る結果になったがんでもあります。

それにもかかわらず、胆管がんに関する研究は進んでおらず、手術、治療法も確立されていない。
発症してしまうと非常に治療が難しい病気でもあるのです。

胆管がんが見つかるのは、突然のことがほとんどだ。今まで自分ががんになるとは露も思わず、穏やかな日常生活を送ってきたのに、ある日突然、死の可能性が告げられる。

「がんには治せるものと、治せないものがあります。後者はいわば『運命のがん』です。見つかった時点で、ほぼ助からない。患者さんにはその過酷な運命を受け入れてもらうしかありません。こういうとき、医学はいくら進歩しても限界があるものだと、無力感に苛まれます」(消化器外科医)

週刊現代より引用

『胆管がん』の発症原因

平尾誠二 死因

難治性がんのひとつである胆管がんは、患者数が少なく解明されていない部分が多くあります。発症の原因もはっきりとわかっていませんが、リスクと考えられているものがいくつかあります。

それが、飲酒、ストレス、不規則な生活、肥満です。

また、40際未満で発生することは少なく、高齢になる程、罹患率は高くなり、70代に最も多くため、加齢も一つの要因とされています。

それに加えて、印刷工場の従業員に胆管がんが多発した事実が有名。

印刷機の洗浄に利用されている『1.2ジクロロプロパン』が
胆管がんの発がん性物質として認定されています。

『胆管がん』の症状は?

平尾誠二 死因
胆管がんは、自覚できるような初期症状が、ほとんどありません。ある程度進行してくると、以下のような症状が見られるようになります。

肌や白目の部分が黄色く見えるようになる・便の色が白っぽく変化・肌のかゆみ・尿が濃くなるなどの変化。

それに加えて、胆管がんに特徴的な症状ではありませんが、がんの進行に伴ってみられるようになる症状でもあり、発熱、体重減少、食欲不振、全身倦怠感これらの症状です。

『胆管がん』は発見しにくいがんでもある

平尾誠二 死因

胆管がんのあるあるとして、これまで、病気になったこともなく。病院いらず、薬いらずの元気印だった人が急になり、本人も家族もビックリ。と言うケースが非常に多いようですね。

そのため、発見したときにはすでにそのがんの進行は進んでおり、手遅れ。
そんなケースも非常に多いようです。

平尾誠二 死因

そういうことから、がんの進行が早いケースも非常に多く平尾誠二さんの場合も死の8ヶ月前の2015年8月には報道陣の前でラグビーW杯の話し合いについて元気な姿を見せていました。

にも関わらず、そのわずか8ヶ月後の2016年4月に講演会で公の前に姿を表したときにはすでにやつれ、その面影はなくなっており、その変貌ぶりに周囲も驚くほどでした。

実は、亡くなる前年の2015年の9月に倒れ手術していたそうで、周りには胃潰瘍の手術。
そんな風に話していたそうなのですが、その時点ですでに『余命3ヶ月』と診断されていたそうですね。

そもそも肝臓は沈黙の臓器とも言われ、病気があっても自覚症状が出にくい臓器。
一般に腹部エコーでスクリーニングしますが、皮下脂肪が多い人には見づらいことがあります。

血液検査で胆道系酵素の上昇を指摘されたり、黄痘などの自覚症状を契機に胆管がんが見つかることが多いですが、その時点でかなり進行していることが多い。

胆管がんの5年の生存率は30~50%と予見が厳しいです。

zaczacより引用

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平尾誠二の胆管がんの原因はお酒の飲み過ぎ?

平尾誠二 病名

30前半まで現役バリバリのラガーマンで一般男性以上に健康的だと思われた平尾誠二さんの生活。

では一体なぜ?平尾誠二さんは若くして胆管がんを発症してしまったのか?
その原因をお伝えしていきましょう。

大のお酒好きだった平尾誠二

平尾誠二 病気

平尾誠二さんが亡くなってから、平尾誠二さんと生前仲良くしていた人の思い出話が記事に上がっていますが、そのどれもが平尾誠二さんとお酒を飲み歩いた話ばかり。

元プロテニスプレイヤーの沢松奈生子さんも引退してから、平尾誠二さんに他のスタッフと数人で行きつけの夜の三宮の北野坂のオシャレな飲食店やバーなどを連れて行ってもらった話。

平尾誠二さんの息子・昂大さんのインタビューでも『リビングで一人、葉巻をくゆらせ、顔を赤らめながらウイスキーをロックで飲んでいる父の姿が、脳裏に浮かぶ。それは、平尾にとって一番リラックスでき、いいアイデアが浮かぶ貴重な時間だった』

そう語られているように、平尾誠二さんの生活に『お酒』というものは切っても切り離せなかったように伺えます。

過去には川島なお美さんも胆管がんで死去

また、2015年9月に若くしてこの世を去ったタレントで女優の川島なお美さんもこの胆管がんによって亡くなっています。

川島なお美さんも「私の血はワインでできている」と公言するほどのお酒好き。
朝や昼にもボトルを空け、1日3食ワインを飲むこともあるほど。

インタビューでは《ドクターストップがかからない限り、毎日ワインを飲んでいます(笑)》

そう語っていたこともあったが、この川島なお美さんも平尾誠二さん同様『お酒』という共通点があり、お酒が少なからず胆管がんを引き起こす影響を与えたことでしょう。

「お酒を常に飲んでいる人は、肝臓が慢性的に炎症を起こしています。胆管は肝臓の中にありますので、アルコールの多飲は胆管がんに大きな影響を与えるんです」(おんが病院の杉町圭蔵院長)

NEWSポストセブンより引用

がん宣告後の平尾誠二の生き様

平尾誠二 死因

周囲にはほとんど病気については語らなかった

家族以外に近しい友人ですらその病気についてはほとんど語らなかったという平尾誠二さん。

唯一、伝えたのは京都・伏見工時代のの同学年で、80年度に全国制覇した高崎利明(56=京都工学院副校長)さんだと言います。

「他の人に言えば(世間に)広がって苦しい時間になるし、家族との時間も取れなくなる」そんなことをと高崎さんに伝えた平尾誠二さん。

その意思を汲み取った高崎さんは、1年後の10月20日まで電話の内容を口外することはありませんでした。

それは、自分のためだけでなく、周りを心配させたくない。そんな平尾誠二さんなりの気遣いだったのではないでしょうか。

全てを一人で受け入れる。そんな覚悟が平尾誠二さんにはあったことでしょう。

最後は家族のために生きる選択をした

平尾誠二 嫁

また、がんを告知されてからなによりも大事にしたのは家族との時間だと言います。

医師の話を聞いた平尾誠二さんは「いろんなこと(治療)をやってきたから、もういいか」と漏らしたそう。

しかし夫人からの「私らのために生きて」の言葉に奮起したといいます。

現役時代から今まで、ラグビー界のためにひたすら奔走してきた平尾誠二さん。
家族との時間を取ることはほとんどなかったと家族は語ります。

平尾誠二 死因

そんな平尾誠二さんですが、最後の1年だけは世間と距離を置き、愛する家族に時間をささげました。

素顔を隠すことにこだわった男が、家族を引き連れて神戸の馴染みの焼き鳥店へ食事に出かけたこともあったといいます。

そして、ゴールデンウイークには家族で初めて旅行をしたそうで、最後の最後にやっと家族サービスらしいことができたようです。

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平尾誠二の無念は日本ラグビー界の原動力でもある

平尾誠二 死因

高校から社会人まで、常に平尾誠二さんと同じ道を辿ってきた元ラグビー日本代表の大八木淳史さんはこう語ります。

『これからやったと思います。ようやく平尾の発想・考え方・思想に日本のラグビーが追いついてきたときに』まさに、これからというときにあの世へ旅立たれて行かれた平尾誠二さん。

生前、常に10歩先を歩き、日本ラグビーを牽引し多大な影響を与えてきた平尾誠二さんのラグビー人生。

しかし、その平尾誠二さんの影響は今こうして日本代表の躍進と共に着実に身を結びつつあります。

そして、そんな平尾誠二さんの死に対する『無念』は、今後の日本ラグビー界がさらに躍進する上での原動力になるのではないでしょうか。

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