前澤友作の昔のバンドマン時代の動画やチャラい高校生姿が衝撃!

前澤友作 昔 バンドマン
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ZOZOTOWNの前澤友作社長といえば、なにかと世間を賑わすことでも有名ですよね。
今はイケイケな前澤友作社長ですが、そんな前沢友作社長。

「昔はどんな感じだったんだろう?」
ってちょっと気になりませんか?

そんな今回は、前澤友作社長の昔の姿が気になる人に・・・
若い頃の様子やエピソードを集めてみました!

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ヤンチャな高校時代の前澤友作の昔の若い頃の姿

 

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1993. When I was 17 years old.

Yusaku Maezawa (MZ)さん(@yusaku2020)がシェアした投稿 –

これは前澤友作さんの自身のインスタグラムで投稿されたものです。

それにしても、こんなやんちゃなこの金髪少年が・・・
20年後一兆円社長になるとは誰が予想したでしょうか…。

人生なにが起こるかわかりませんね。

運命って自分で変えていくものなんだと思わさせられる一枚です。

1993年のこの時は早稲田実業高校時代の頃の画像だそうです!
早稲高の前、メルシーの手前あたりで撮られた写真でしょうか。

それにしてもすぐわかりますね(笑)
今と変わらぬ面影ですが、バンドマン時代ということもありかなりチャラいですねw

スケーターもやられていたのでしょうか。
しかも板がガッツリやっている証拠ですね。

でも、ヤンチャそうに見えて、皆さん偏差値70以上。
それに中学から私立に通ってるお坊っちゃま達ばかりですからね。

最高の仲間と最高の青春の1ページがなんとも眩しいですね。

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社会への疑問を抱き始めた高校時代

 

もともと、前澤友作さん通っていた東京の早稲田実業高校。
偏差値が70以上ある超名門校です。

野球が特に有名で、最近では日本ハムの清宮幸太郎選手や斎藤佑樹選手が甲子園を沸かせましたね。

前澤友作さんは子供の頃から
「人と同じことが嫌いで、人と違うことって何だろう?といつも考えている子供」

と自身のインタビューで公言されています。

また、その「人と同じことが嫌い」という背景には「競争が大の嫌い」
そんな理由が根本にあったからだそうです。

しかし、熾烈な中学受験を勝ち抜いて、さあ高校でやりたいことを見つけよう!

そう思った矢先、今度は大学受験が控えていて、また毎月のように学力テストが始まる。

一体、いつまで競争を繰り返すの?
と疑問を持ったそうです。

そう考えると、どんどん学校に行く意味を見出さなくなっていきました。
極め付けは、通学の電車の中で、毎日見る光景。

前澤優作さんは実家のある千葉県鎌ヶ谷から片道1時間半。毎日電車で通っていたそうなのですが。

そんな電車で毎日、出勤するだけでつらそうな顔をしているサラリーマンたち。

そんな人たちを見ると、さらにこのまま何の目的もなく大学へ進む。
そして就職するという社会のレールにのっかるのが、ただただ嫌になったそうです。

そんなとき、音楽(パンクロックのバンド)と出会う

 

音楽は競争とは全く縁のない世界。そこに今までに感じたことのない自由を見つけました。
そして、次第に音楽活動にどんどんのめり込んでいくことに・・・

学校には週2日しか通わず、音楽活動に没頭。出席日数もギリギリだったみたいですね。

しかし、その時の担任の先生がすごくいい人だったみたいで
自身の音楽活動や考え方に否定せず、理解してくれたそうです。

幸運にも僕の考えを理解してくれる先生に出会ったんです。

考えてみるとユニークな高校生でした。

バイトがある日は、朝起きると自宅からまず学校に「今日は建設現場の仕事に行って来ます」

と電話を入れるんです。

すると、その先生が「分かった。気をつけて行ってこい」と。

そのうち「来れない日はちゃんと先生に連絡しろ。連絡さえすれば何とかしておくから」

と配慮してくれて……

この先生のおかげで僕は卒業することができたんです。

 

https://gendai.ismedia.jpより引用

3年生の時は、1年の3分の1しか登校していていなかったそうです。
しかし、この理解ある先生のおかげでなんとか卒業できたと語っています。

また、前澤友作さんはこの時の高校時代の仲間との今の関係についてツイッターでこう語っています。

その後、前澤友作さんは高校卒業後はアメリカに半年間音楽遊学。
そして、その後10代〜20代半ばまで音楽活動に専念していたそうです。

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20代のバンドマン(switch style )時代の昔の前澤友作がかっこいい!

前澤友作さんはswitch style というバンドで活動していました。

YOU X SUCKという名前で活動されていたみたいですね

そして1996年11月1日にアルバム「. . . . TO INFINITY」を発売。
後にメジャーデビューを果たすことになります。

前澤友作さんこのバンドのリーダーであり、ドラムを担当していました。
動画の最初に登場するドラムの人が前沢優作さんです。

今と変わらず面影はかなりありますね!

高校時代から今まであまり髪型は変わっておらず、髪型に関してはこだわりがあるみたいですね。

確かに、前澤さんは顔のタイプ的に長髪よりも短髪の方が似合う気がします。

ちなみに、ギターをやっている人物は2歳下の弟さん前澤周平だそうです。

このswitch styleというバンドで活動していた時のこと。
たまたま会場の物販で自分の好きな海外のCDを売っているとそれが飛ぶように売れたそうです。

そして、自分たちでカタログを作って通信レコード販売することを思いたそうです。

これが、元々の今のZOZOTOWNの前身であるレコード業の始まりなんですね。

今の前澤さんのビジネスの原点も、この「バンド活動」にあります。


このswitch styleの活動は26歳に本格的にビジネスに専念するまで、約10年間活動しました。

 

自身のインタビューで、ビジネスにシフトした理由を聞かれこう答えています。

「音楽よりも経営の方が楽しくなったから」

さらに、インタビューの中では、経営の方が楽しくなった理由についてこう詳しく話しています。

バンドがメジャーデビューした後、音楽活動は次第にルーティンワークになっていきました。

たとえば、まず3分~5分の曲をつくります。そして15曲入りのアルバムを1年に1枚リリース。

価格は3,000円。その後、そのアルバムをひっさげて全国でライブツアーを行う。

ライブ会場では自分たちのCDやTシャツを販売。

そして、また曲をつくり、翌年に3,000円のニューアルバムをリリース。ライブツアー、物販…。

やるべきことが決められていて、僕たちはそれをこなすだけ。

まるでサラリーマンのようなミュージシャンになりかけていたんです。

僕はこんな活動がクリエイティブだとは思えませんでした。

日本の社長より引用

 

このように、前澤友作さんの信念には常に「楽しいことをしたい」

そんな思いがあり、この考えがあるからこそ常にいろんなことにリスクを顧みず挑戦していけるのでしょう。

まとめ

いかがでしたか?

「バンドマンとしての成功」「起業家としての成功」

人生を一度に2度経験されているような前澤友作さんの人生。

「すごいな〜!」で終わらせるのではなく、そこから我々も学ぶべきことはあります。
それは貪欲に「楽しいことを見つけに行く姿勢」

「「音楽で食っていく」という気負いは無く、好きでドラムをやって、バンドを続けていたらメジャーデビューが決まり、食えるようになっていた」

「ひたすらに好きなことをこだわり抜き、気付けばその好きなことがシゴトになっていたという実感です。」

と自身の口からも述べられています。

だからこそ、いろんなチャンスが巡ってくるのでしょうし、
我々もその姿勢には学ぶべきものがありますね。

そして、これからももっと活躍して世間を賑わしてもらいたいものですね。

前澤社長が退任したのはなぜ?真の理由はやはり経営の限界だった!?

2019.09.13
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