畠山愛理(鈴木誠也の彼女)の新体操選手時代が美人すぎる!リオ五輪では主将で銅メダルも!

畠山愛理 新体操

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「美しすぎる新体操選手」として知られた元新体操五輪代表選手の畠山愛理さん。

その一際目立ったルックスと圧倒的な実力でメディアからも大注目されていましたね。

今回は、そんな畠山愛理さんの新体操選手時代について詳しくお伝えしたいと思います。

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畠山愛理のwiki風プロフ

畠山愛理 新体操

プロフィール

名前:畠山愛理(はたけやまあいり)
生年月日:1994年8月16日
身長:170cm
血液型:O型
学歴 日本女子体育大学卒業
所属:株式会社スポーツバックス
好きな食べ物:ラーメン・ねぎ
好きな言葉:「自分らしく背伸びせず」

【画像】鈴木誠也と畠山愛理のフライデー熱愛まとめ!2018年には交際が既に噂されていた!?

2019.08.09

元体操五輪代表の「美しすぎる新体操選手」として大注目だった

畠山愛理 新体操

フリーアナウンサーの宇垣美里さんと川田祐美さんを足して2で割ったようなルックス。

可愛いタレントさんだな〜。
初めてこの畠山愛理さんを見た人はそう思う人は少なくないでしょう。

しかし、この畠山愛理さんはバリバリのアスリートなんです。

2012年のロンドンオリンピック、2016年のリオデジャネイロオリンピック新体操団体日本代表代表。
2016年のリオオリンピックをもって現役引退まで「美しすぎる体操選手」として活躍しました。

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2015年のミス日本特別賞も受賞

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そんな美しすぎる新体操選手として知られた畠山愛理さん。
そのルックスを活かして2015年には「第47回ミス日本コンテスト2015」でミス日本特別賞も受賞。

この賞は2015年のこの年から新設された「和田静郎特別顕彰」というもの。

同賞はコンテスト応募者以外から選ばれる特別賞であり、「美と健康」の素晴らしい資質を持った女性のさらなる活躍を応援するという願いを込めて将来性のある女性1名に送られるもの。

その愛嬌溢れる大和撫子のようなルックスだけでなく、大学生ながらロンドン五輪代表という、その社会的な活躍が認められ、選出されました。

畠山愛理の新体操選手時代の華麗なる経歴

畠山愛理 新体操

6歳から新体操を始める

幼少期は、ダンスや歌が大好きな明るい女の子だったと語る畠山愛理さん。

両親もスポーツが好きで、休日は屋外に出かけることがほとんどだったそう。
そんなこともあって、新体操を始めたわけですが、畠山愛理さんに関しては少しそのきっかけが特殊でした。

普通は、親がこれをやらせたい、周りがこれをやっているから。

そんな自然な成り行きで競技を始めさせられる人が多いですが、畠山愛理さんは小学生になって習い事を選ぶときも、たくさんのスポーツの体験教室に連れて行ってもらったと言います。

そして、その中で畠山愛理さんが一番気に入ったのが新体操だったそうです。
「手具のリボンの美しさに憧れた」というのが一番の理由だったと語っています。

そんな自らの意思を尊重させるこの畠山愛理さんの母親の教育方針。
そんな方針がアスリートに大切な自主性を育て、その後のアスリートとしての活躍につながったのでしょうね。

「母は、わたしに自分で決めさせてくれたんです。『新体操が一番楽しかった』と伝えると、すぐに『いいよ、やろう!』って言ってくれて。その後も、練習への送り迎えをはじめ、サポートを続けてくれました」

https://kodomo-manabi-labo.netより引用

 

畠山愛理 新体操

体が硬く、開脚は90度、前屈は手が足に届かないくらいだったが1年かけて180度まで開脚出来るようになったそうで、その新体操の才能は開花。

小学1年生で新体操を始めた当初は夢を持っておらず、楽しいという気持ちだけで練習をしていたと語る畠山愛理さん。

成長していくにつれ小学生の全日本大会で決勝に入ることを目標にし、2006年の12歳の時6年生の時に全国大会で6位入賞し、初めてオリンピックに出ることを目標にしたといいます。

また、とにかく負けず嫌いで7歳年上のお兄さんと常に張り合っていたそう。
そんな男兄弟に揉まれた性格がアスリート向きの性格を培っていったのでしょうね。

「とても負けず嫌いな子どもでしたね。ふたりの兄に負けたくなくて、自分だけキッズプレートで食事をするのをイヤがっていたくらいでしたから(笑)。兄たちと遊ぶときはもっぱらサッカーやかけっこがメイン。体を動かすことはその当時から大好きでした」

https://kodomo-manabi-labo.net/airihatakeyama-kodomonosainouより引用

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15歳で強化指定選手に指名

畠山愛理 新体操

2009年12月の多摩市立聖ヶ丘中学校3年生の時、フェアリージャパンオーディションに合格。

新体操日本ナショナル選抜団体チーム入り。オーディション合格からわずか3日後にはロシア合宿に参加。

そんなはたから見れば順風満帆な競技生活ですが、当時は自信がもてずフェアリージャパンに落ちたら新体操を辞めることも考えたと語っています。

中学2年生で腰を怪我してしまい、挫折を経験。

その後、中3のときにやっと出場した全日本ジュニアでも個人総合8位。
そんな中途半端な結果に「自分は日本の代表選手としてやっていける」という自信は持てないままでした。

畠山愛理 新体操

フェアリージャパンのオーディションのときも、畠山愛理さんより個人の実績で上回る選手たち。
「本当に自分はフェアリーでやっていけるのか」という不安のほうが大きかったと語ります。

しかし、フェアリージャパン合格後のロシアでの合宿生活で日本とはまったく違う価値観のロシア流の指導に畠山愛理さんの本来持っていた素直さ、明るさがぴたっとはまりました。

身長も高く、天性の華やかさをもった畠山の弾ける笑顔は、ロシアの指導陣が求める「ドラマチックで華やかな演技」には欠かせないものだった。

さらに、いつも笑顔を絶やさない明るさの一方で、「ここでやるしかない!」という意志の強さも畠山が持ち合わせていたのは、中学時代に思うような結果を残せていなかったことの影響があったのかもしれない。

https://dot.asahi.com/dot/2016072400022.html?page=2より引用

ロンドン・リオ五輪に出場

畠山愛理 新体操

当時のメンバーの中では年少にもかかわらず、畠山はほぼレギュラーメンバーから外れない存在になりました。

畠山愛理さんの加入後、フェアリージャパンの世界選手権での成績は、団体総合で10年6位、11年6位と着実に向上。

そして、12年のロンドン五輪でも決勝進出を果たし、7位。

リオ五輪では、日本代表で主将を務め、チームを牽引。
団体総合5位。さらに、種目別決勝のリボンでは、3位となり日本にとっては42年ぶりのメダルを獲得しました。

引退まで新体操漬けの競技生活を送る

畠山愛理 新体操

22歳で競技生活を引退するまで、新体操漬けだったと語る畠山愛理さん。

小学生の頃から、ご飯を食べている時でもビデオを見るなど、24時間常に新体操のことを考えていたと語ります。

青春時代の全てを新体操に費やす人生でしたが、本人は「好きで終わることができた」
そう語っており、オリンピックにも出れて、やり残したことはないようですね。

「小学生のころは、新体操のビデオを観るのが日課でした。練習から帰ってきたら、上手な選手の演技をビデオで観ながら夕食を食べていたほどです。お行儀が悪いから本当はいけないですけどね(苦笑)。練習以外の時間も、自分のなかのすべてを新体操で埋め尽くしたかった。当時見ていた選手の演技はほぼ全部、完コピできるほどでしたから。図工や家庭科の授業でつくる作品も、新体操に関係あるものばかり。自分がバランスをとっている絵を描いたり、新体操に使う手具をモチーフにしたランチョンマットをつくったりしていました」

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そして、フェアリージャパンに入ってからもロシアでの合宿生活では年間360日を仲間との共同生活を共にするなど、その過酷ぶり。

しかし、競技生活においてはあまり苦にはならなかったと語っています。

それは、やらされているのではなく、「新体操が好き」だったから。

そして、その「好き」という気持ちがフェアリージャパンでのモチベーションとなり、常に受け続けるプレッシャーを跳ね除ける原動力にもなったと語っています。

この原動力は幼少期に畠山愛理さんの母親が新体操を好きで始めさせてくれたことが大きな理由でしょう。
この母親あって今の畠山愛理さんがあるのでしょうね。

「ロンドンオリンピック当時はチーム最年少だったこともあり、技術にはまったく自信がありませんでした。もちろん、日本代表に選ばれたからといってレギュラーに入れるとは限らず、いつ外されるかもわかりません。そんなプレッシャーもつねにありました。それなのにずっとレギュラーとしてやってこられたのは、気持ちの強さがあったからこそ。夢を叶えたいという強い気持ち、そして根本に『好き』という気持ちがあったから、くじけずにがんばれたのではないでしょうか」

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畠山愛理の新体操選手引退後の現在は?

 

スポーツキャスターやモデルなど幅広く活動

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畠山愛理さんは競技引退後はスポーツキャスターやCMや自身の写真集を発売するなどモデルのお仕事などなど….

まずはいろいろ挑戦していく中で、やりたいことを見つけてく。
引退後はそんな人生を送っているそうです。

ただ、本人はタレントとしては思っていないようで、あくまでも自身のこれまでに培ってきた「新体操」というキャリアを軸にお仕事が出来たら良いと思っているそうですね。

―― ちなみに、「職業はなんですか」って聞かれたら、どう答えますか。

畠山 「タレント」とは言いたくないんです。今、軸は(『サンデースポーツ2020』で)キャスターをやらせていただいているんですけど、一番自分の良さが出ていきいきしているのは、例えば、昨年の『紅白歌合戦』で演技をさせていただいた時もそうですし、やっぱり表現することが好きなんです。モデルのお仕事もさせていただいているんですが、それも同じなんですよね。服装、メイク、髪型といろんな女性になってポーズを取ったり、表情を作ったりするのが楽しいので。そうなると、確かに何なんですかね(笑)。

https://sportiva.shueisha.co.jp/clm/othersports/other/2019/06/08/___split_28/より引用

フェアリージャパンアンバサダーに就任

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また、2019年7月からはフェアリージャパンのオフィシャルスポンサーであり、フェアリージャパンのビューティーサポート活動を担うポーラのアンバサダーにも就任しました。

新体操の競技の採点にも響く「美」という側面からサポートしていたPOLA.
そんなPOLAにとって、現役時代の「知識」「経験」だけでなく「美しさ」も兼ね備えた畠山愛理さんの存在は非常に頼りになる存在ではないでしょうか。

そして、そんな「美容」と「新体操」という、自身の強みと経験を活かせるこの経験は非常に畠山愛理さんにとっても天職になるのではないでしょうか。

ゆくゆくは指導者の道も?

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また、指導者についても聞かれた際、「向いている感じがしない」
そんなことを語る畠山愛理さん。

怒ることが苦手でそあんまり強く言えないタイプだそうで、いけないことはいけないと言わなきゃいけなかったり、ときには愛のムチが必要な指導者という立場には、少し尻込みをしているようですね。

確かに、一目見ただけでそのいい人オーラが溢れる畠山愛理さんには少し他人をきつく叱るイメージはあまりモテないですよね(笑)

それに加えて、どちらかというと自分がやりたくなってしまう(でも、勝負まではしたくない)。
そんなことも指導者を敬遠している理由の一つのようです。

しかし、あるテレビ番組で女の子を指導した時に、その時に指導する喜びも感じたみたいで、頭の片隅には指導者という道も残ってはいるみたいです。

現在自分が輝ける新しい道を模索する畠山愛理

畠山愛理 新体操

現在道を模索中の畠山愛理さん。

「ここ2年ほどは新体操を始める前の自分に戻ろうと。初心に返って色んな経験をしたい」
そんな思いから2018年はバラエティー番組初レギュラー、初写真集を出版などさまざまな仕事に挑んできました。

そんな新たな一面を世間に見せてきた畠山愛理さんですが、広島東洋カープの鈴木誠也選手との交際が報道されましたね。

お似合いのアスリートカップルに世間も歓喜していますが、このままゴールインということになれば、主婦業の方に専念する方向性が濃厚ではないでしょうか。

何かと管理が難しい野球選手にとって、自らアスリートの苦労を知る畠山愛理さんという存在は鈴木誠也選手にとっても非常に心強いことでしょう。

これからの公私ともにご活躍を願っています!

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